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東アジア反日武装戦線とは誰だったのか?桐島聡の逃亡生活、その最期と医療費問題まで徹底解説

 


結論

東アジア反日武装戦線は1970年代に日本で活動した新左翼系のテロ組織であり、国内大企業や官庁を狙って爆弾テロを繰り返した。安保闘争の挫折やベトナム戦争への反発などが背景にある。組織は壊滅するが、唯一逃亡を続けた桐島聡は偽名「内田洋」で約50年間、神奈川県藤沢市で生活した。彼は身分証・保険証・銀行口座を一切持たず、現金で給料を受け取る徹底した匿名生活を送った。2024年、末期胃がんで入院し「最期は本名で死にたい」と名乗り出たが、逮捕前に死亡したため司法の裁きは受けなかった。その医療費はおそらく全額自己負担だったが、支払いの詳細は不明のままだ。

 


東アジア反日武装戦線とは何か?

1970年代前半、安保闘争に敗れた学生運動が過激化して地下に潜行し、「武装闘争で国家を打倒する」として「狼」「大地の牙」「さそり」などの班に分かれ活動。日本を帝国主義国家とみなし、資本主義の象徴である大企業や官庁をターゲットにした。

 


なぜこのような組織が生まれたのか?

1960年代末の安保闘争の敗北による失意、ベトナム戦争への日本の加担への反発、都市化・公害による犠牲への怒りが背景。マルクス主義とアジア解放論を結びつけて「日本破壊がアジア解放の第一歩」と据えた。

 


主な事件

三菱重工爆破事件(1974年・死者8人・重軽傷376人)

鹿島建設爆破事件、間組爆破事件(1974~75年)

新宿駅・警察施設への爆弾設置

いずれも市民を巻き込み、社会に大きな恐怖を与えた。

 


指導者と逮捕者

中心的人物は大道寺将司(「狼」グループ)。1975年逮捕、死刑判決、2017年刑死。他のメンバーも逮捕され、組織は短期間で壊滅。

 


唯一の逃亡者・桐島聡とは?

1954年広島県生まれ。明治学院大学在学中に「さそり」班で活動。1975年以降逃亡し続け、偽名「内田洋」として約50年藤沢市の建設会社で住み込み労働。身分証・保険証・銀行口座は持たず、給料は現金。地元バーでは「うーやん」と呼ばれ、音楽(ロック・ジェームス・ブラウン)好きで、音楽イベントにも参加していた。

 


どうして発覚したのか?

2024年1月、末期胃がん鎌倉市の病院に入院。「最期は桐島聡として死にたい」と名乗り出て警察が介入。DNA鑑定で本人と確認されたが、1月29日に死亡、「被疑者死亡による不起訴」となった(その後、通報から3日後に死亡)。

 


なぜ長期逃亡が可能だったのか?

桐島はすべてを「現金」「偽名」「匿名」で貫き、公安からの追跡をかわし、周囲からは「真面目な労働者」と思われていた。 「匿名性」と「周囲との関係の薄さ」が逃亡を可能にした。

 


医療費はどうしたのか?

入院時に保険証や身分証は一切提示されず、偽名で扱われた。通常であれば医療費は全額自己負担(保険が効かない)になる。報道には支払い方法の詳細はなく、誰がどう負担したかは公になっていないが、通常の流れなら自己負担であると考えられる。

 


思想の結末と歴史的評価

桐島の死により組織は事実上消滅。テロは戦後左翼運動の衰退を加速させた。桐島自身は「過激思想の象徴」であると同時に、「匿名で生き続けた人間の執念」として象徴的存在となった。

 


結論

東アジア反日武装戦線は1970年代という混乱の中で生まれた過激派だった。桐島聡は最後の逃亡者として「匿名生活のエキスパート」として記録される。司法による罰はなかったが、その人生は日本社会に重い問いかけを残した。

 


参考文献

朝日新聞アーカイブ三菱重工爆破事件」1974年報道

警察庁極左暴力集団の現状と動向』2020年度版

山本博文『日本のテロ 戦後から現代まで』中公新書

AP通信「Hospitalized man tells Japanese police he is a highly wanted fugitive, dies four days later」2024年2月2日  

朝日新聞「病院には体調不良で搬送されたが、搬送時に身分証や保険証をもっておらず…」2024年1月28日

・The Guardian「DNA test proves elderly construction worker was one of Japan’s most wanted fugitives」2024年2月28日

・Asahi「Dead man confirmed to be 1970s fugitive Kirishima」2024年2月27日

・ABC News「Japan’s most-wanted fugitive, Satoshi Kirishima, was on the run for …」2024年2月2日

・TBS News Dig「保険証も何もない」関連記事2025年7月27日